代表プロフィール
佐藤勇介(さとうゆうすけ)
1987年7月11日生まれ
兵庫県姫路市出身
A型
■主な実績■
・大学卒業後パーソナルトレーナーとなり主に女性をターゲットとしてこれまで述べ30000人のパーソナルトレーニングを指導。
・日本医科大学老人病研究所生化学太田成男教授により水素とアンチエイジングについて学ぶ
・関西最大級ヨガイベントにて『カラダが硬い人向けのヨガ』を指導
・神戸ITフェスティバルにおいて約2000人の前で神戸大学教授ウェアラブルコンピューティング研究の第一人者塚本昌彦氏に加圧トレーニングを指導。
・サッカーJ1リーグプロサッカー選手の指導
・東京大学×某大手総合科学メーカー開発姿勢解析ソフトのアドバイザーとして関わる
■保有資格■
・全米ヨガアライアンス(RYT200)
・NESTA認定PFT(パーソナルフィットネストレーナー)
・NESTA認定ダイエット&ビューティースペシャリスト
・加圧トレーニングインストラクター
・タイ文部省認定タイ古式マッサージアドバンスコース修了
・タイ式ヨガルーシーダットン&瞑想プログラム修了
・全米NLP協会認定プラクティショナー
・カナダ Success Strategiesシェリー・ローズ・シャーベイ認定 LABプロファイルプラクティショナー
・市民救命士
・JCCAアドバンストトレーナー
・そのほか心理学やアロマなど
私は現在 Flexible Style(フレキシブルスタイル)の代表として主にパーソナルトレーニングの指導やパーソナルストレッチの施術をさせていただいております。
座右の銘は『全ては必然』
偶然というのは存在しないと思っています。
どうして今、私がこのような仕事を行っているのか・・・
その経緯をダイジェスト版にまとめましたのでご覧下さい。
3歳でマッサージを学ぶ
私は3歳の頃から父の仕事の影響で足で全身を施術する足圧マッサージを教えてもらっていました。
兄妹は皆、一度はそのマッサージを教えてもらっていましたが、5人兄妹のうち足圧マッサージを学び続けたのは私だけでした。
週末になると両親や祖父母、周りの方にマッサージをしてあげるのが習慣になっていました。
幼稚園では私がマッサージをしていることが噂になり、他の園児たちが先生に絵本を読んでもらっている時に私は別室で先生にマッサージを行っていました。
(その分おやつを多めにもらっていたのを覚えています)
やらされているというより、自分から進んでやっているという感覚でした。
その頃から人に何かをやってあげて喜んでもらえるのがとても嬉しかったのを覚えています。
(この時、20年数年後に仕事で同じようなことを行なっていることは知るよしもありませんでした)
小学2年生の時に盲目で道に迷っているおばあちゃんを助けた経験があります。
学校で表彰され、助けた家族の方にとても感謝されました。
困っている人を助けることの大切さを学びました。
難病の発症
中学、高校ではソフトテニス部に所属していました。
子供の頃から運動は得意な方で部活でも近畿大会への出場経験があります。
健康体と思っていましたが高校2年生の時、突然「潰瘍性大腸炎」という難病を患うことになりました。
潰瘍性大腸炎とは大腸に潰瘍ができる炎症性の病気で現在でも原因が解明されていない不治の病です。
「まさか自分がこんなことになるなんて・・・」
当時は自分が病気になった事実を受け入れることができませんでした。
病気になってからは体重が一ヶ月で15kg以上落ち、当時、身長172cmで体重は47kgまで下がりました。
食事も喉を通らず、筋力もどんどん落ち、骨と皮のような体になりました。
体力が日に日になくなっていくのを感じていました。
ベッドから起き上がるのさえも辛かったのを覚えています。
「このままでは死んでしまうのかな・・・」
これが当時の心境でした。
当時主治医から薬を一生飲み続けなければいけないと言われていましたが、次第に症状は回復し現在は薬を飲むこともなく健康に過ごせています。
人は病気になった時、初めて健康であることの大切さを感じます。
私もその一人でした。
健康なカラダがないと何もすることができません。
健康であることがどれだけ幸せなことか・・・。
フィットネス業界に入る
健康であることの大切さを身をもって感じていた私は、健康的なカラダ作りが出来る仕事に携わりたいと思うようになりました。
就職活動中に受けたパーソナルトレーニングジムに内定をもらい入社を決めました。
入社後は会社の研修を受けトレーナーとして基本的な知識を学びました。
そしていよいよデビューです。
実際のお客様に指導を行うようになりました。
初めてお客様の指導をした頃の私は
・声が小さい
・コミュニケーション能力がない
・知識がない
・どうやってカラダを見れば良いのかが分からない
・上手く効かせたい場所に効かせられない
・質問されても分からないことだらけ
というような感じでした。
クレームの嵐・・・そして解雇予告
現場に出てみるとクレームの嵐でした。
「もうあんたについて欲しくない」
と言われたこともあります。
「トレーナーやったら効いてるか効いてないか見たら分かるやろ!」
などと怒鳴り散らされたこともあります。
「あの若僧なにも分かってない」
とSNSに書かれていたこともあります。
しかしこれは100%私の責任です。
会社からは試用期間中に「このままだったらクビ」と解雇予告をされました。
その時、同期のトレーナーたちは要領良く仕事をこなし毎日とても楽しそうでした。
「この仕事向いていないんじゃないかな」と思うこともありました。
いっそのこと仕事を辞めて転職する(=逃げる)という選択肢もありました。
そんなことを考えている間にもクレームはやってきます。
私自身に悪気はありませんでした。
目の前のお客様のカラダを変えるお手伝いをしたいという気持ちはありました。
でもそのための知識と経験が圧倒的に足りませんでした。
何かと不器用で要領も元々悪い方でした。
幸い、知識がないという自覚と何とかしてこの状況を打破したいという思いはありました。
行動することでしかこの状況を変えられなかったんです。
足りないことを少しずつ補って実力をつけていくしかない!
行動することでしかこの状況を変えられなかったんです。
スキルを高める
声が小さいのは自信がなかったからです。
自信をつけるには全ての能力を高めていく必要がありました。
まず、コミュニケーション能力を高めるために50万円のセミナーに行きました。
入社したてでお金がなかったので親に頭を下げてお金を借りました。
「50万円を絶対に取り返す!」
と強い気持ちで受けたセミナーはとても効果的でした。
お客様やスタッフから
「今までと全然違う!」
と言われるようになりました。
知識のなさは毎日の勉強で少しずつカバーしていきました。
トレーナーはトレーニングの指導だけではなくあらゆるジャンルに精通する必要があります。
病気や健康のこと、ダイエットのこと、美容的なこと、睡眠、解剖学、栄養学などです。
そして朝4時半に起きて勉強する日々をスタートさせました。
(朝の7時まで読んだとしても2時間半あります。2、3日あれば1冊200ページくらいの本は余裕で読むことができます)
この時から年間100冊以上の本を読み知識をつけました。
トレーニングを指導レベルを向上させるために私自身も有名なパーソナルトレーナーをつけてパーソナルトレーニングの指導をしてもらいながら指導方法を学びました。
お客様の質問にはすぐに答えられないことが多かったので、次の来店まで回答をお待ちいただき、徹底的に調べあげてお客様の予想を上回る回答をするように心がけました。
そうするうちに少しずつお客様から信頼が得られるようになりました。
入社当初クレームをくださっていた方々からも認めてもらえるようになり、入社三年目くらいには
「ほんまにあの時の佐藤くんは・・・笑」
と笑い話をしてもらえるようになりました。
ヘルニアの発症
仕事は順調
楽しく充実した日々を過ごしていました。
そんな日々もつかの間・・・
2012年、私は職場にいた【蜂】を追い払おうとする際、映画「マトリックス」のようにカラダをのけ反りながら強くひねってしまいました。
そして直後から腰に激痛が走り立てなくなりました。
数日経っても痛みが治まらず病院でMRIを撮ったところ「腰椎椎間板ヘルニア」と診断されました。
それから仕事をしばらく休むことになりました。
「100人待ちの病院」
「99%の人の腰痛が治る整体」
「一発で治る鍼灸院」
など藁にもすがる思いであらゆる治療を受けましたが症状は全く改善しませんでした。
病院でもらった痛み止めも全く効きません。
起きている時は常に激痛を感じていました。
痛みのせいでぐっすり眠ることもできません。
常にネガティブなことばかり考えていました。
カラダがこんな状態だとポジティブなことなんて考えられませんでした。
ストレッチとの出会い
ヘルニアと診断されてから半年ほど経った頃「ストレッチ」を施術してもらう機会がありました。
当時ストレッチの専門店が日本で初めて東京にOPENした頃でした。
ストレッチというと運動前後にセルフで行うイメージで今ほどストレッチの重要性は世間で認知されていませんでした。
初めてストレッチを受けた直後これまで感じたことのない手応えがありました。
痛みがほんの少しましになったのです。
「このストレッチを続けると良くなるかもしれない」
ぼんやりと希望という光が見えた気がしました。
ストレッチが他の治療と大きく違っていた点、それはストレッチには柔軟性を高める効果があるということです。
当時、立位前屈では指先が床から55cmも離れていました。
私の筋肉は驚くほど硬くなっており柔軟性が失われていたのです。
それからストレッチの施術を定期的に受けながらセルフでも毎日ストレッチを行いました。
そうしていくうちにどんどんカラダの状態は良くなりストレッチを始めて半年後には完全にカラダは元の状態に完全に戻りました。
もちろんその頃には前屈で手のひらが床にぴったりと付くまでになりました。
この経験で筋肉の柔軟性の大切さを身にしみて感じました。
ヘルニアからの完全復帰を果たした私はその後もパーソナルトレーナーとしてトレーニングの指導を続けていました。
そしてトレーナーとして経験を積み毎日たくさんのお客様のカラダをみさせていただくうちに、ある一つの答えにたどり着きました。
それは
カラダ作りをする全ての人にとって最低限の筋肉の柔軟性(Flexibility)を手に入れることは最も重要である
ということです。
・痩せたい
・足を細くしたい
・お尻を上げたい
・姿勢を改善したい
・不調を改善したい
などカラダに関する悩みを解決する上で筋肉の柔軟性がとても重要です。
なにもヨガのインストラクターのようにカラダを柔らかくする必要性はありません。
あそこまで柔らかくなっても日常生活で何の得もありません。
しかし最低限の筋肉の柔軟性がなければ怪我をしやすくなったり、足が太くなったり、カラダの不調が出やすかったり、トレーニングにおいてはトレーニングのフォームを上手く取ることができません。
つまり効かせたいところに効かせることができないのです。
それからストレッチを学び、お客様にパーソナルストレッチの施術を行うようになったり、YouTubeに正しいストレッチの動画をUPしたりとストレッチの大切さを広める活動を行うようになりました。
独立
パーソナルトレーナーになって6年が経った頃には
・ストレッチの良さをもっとたくさんの人に広めていきたい
・一人一人のお客様ともっとしっかり向き合いたい
・組織の力ではなく自分の力を試してみたい
と思うようになりました。
当時働いていたスタジオはお客様がトレーナーを指名することができなかったため一人のお客様を最初から最後まで指導することができませんでした。
この頃には僕自身が最初から最後までしっかりとサポートできれば「確実に目の前の人が望むカラダに変えられる」という確信がありました。
そして独立をするという決断をしました。
タイそしてアメリカへ
独立後はタイに行き、約一ヶ月間タイ古式マッサージを学びました。
柔軟性を上げるストレッチにタイ古式マッサージのエッセンスを取り入れたかったからです。
タイ古式マッサージにはストレッチの手技も多く一度に複数の筋肉を伸ばすことが可能です。
そんな技術や凝り固まってなかなか伸びない筋肉をほぐす技術も学ぶことができました。
トレーニングの聖地であるアメリカ、ロサンゼルスにも行きトレーニングも学びました。
Flexible Style芦屋店OPEN
帰国後、Flexible Style芦屋店をOPENしました。
Flexibleとは「柔軟な」という意味です。
「柔軟性のあるしなやかなカラダ作りをサポートしていきます」
という思いと
「一つのやり方に固執せず柔軟な視点を持って目の前の方のカラダを変えていきたい」
という2つの思いがありこの名前を付けました。
自身のスタジオではパーソナルトレーニングの指導、パーソナルストレッチ、タイ古式マッサージの施術を行いました。
またヨガ指導の依頼をいただき神戸のヨガスタジオにて「柔軟性を高めるヨガのレッスン」を約1年間させていただきました。
スタジオをOPENしてからはこれまで以上に一人一人のお客様にしっかりと向き合うことができました。
私がこれまでに学んできた知識やテクニックをフル活用し、これまでの何倍も結果も出せるようになりました。
本当にありがたいことに口コミや紹介を中心にたくさんの方々にお会いすることができました。
Flexible Style 神戸三宮店に移転
2018年3月Flexible Styleは芦屋店から神戸三宮店に移転しました。
移転の理由は以下の3つです
①大型マシンを導入することでこれまで以上にボディメイクの効果を出すために
②より広々とした快適な空間でレッスンを受けていただくために
③今後複数人を対象としたヨガの指導ができるように
スケルトン物件だった為、床、壁、天井、更衣室など全て0からでした。
デザインは全て私が担当し白を基調とした清潔感のあるイメージ通りのスタジオを作ることができました。
女性が安心してレッスンを受けられるように移転後、女性専用スタジオにしました。
現在はこの三宮にて日々レッスンを行っております。
メッセージ
ここまで読んでいただき本当に本当にありがとうございます。
「あなたが将来どんなカラダになれるのかは、トレーナー選びの時点で決まる」
私が今こう言えるのは、私自身が過去に結果を出せないトレーナーだったからです。
私がパーソナルトレーナーになってから9年目になります。
これまでに沢山のことを学んでくることができました。
周りの環境に恵まれ本当に多くの経験をさせてもらいました。
社会人になって解雇予告をされた時は今の自分が想像も出来ませんでした。
私が難病になって健康の大切さに気付けたり、ヘルニアになってストレッチの大切さに気付くことができたのもこれからお会いするあなたにそれを伝えていくためだと思っています。
心とカラダは繋がっています。
体型を変えることで、その人の自信につながります。
またカラダの不調を取り除くことによって前向きな思考が手に入ります。
そしてその延長には今より健康的で素敵な人生があなたを待っています。
人生は一度きりです。
そんな貴重な人生を健康で、笑顔で過ごす為に一生懸命サポートさせていただけたらと考えています。
あなたにお会いできますことを心から楽しみにしております。
佐藤勇介